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地遊村

自然体と共同体

地(人)が生きる環境、価値観に触れられる環境、実学がおもしろい環境

自然体

餅は、餅屋

共同体が生み出す環境

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Newsflash

5月からの更新が、もう師走前11月に。様々な波との遭遇は、未知なるものばかりに、振り返ると「有り難い」ものと自然となりゆきます。そういうものであり、そうなるもの。時々に、直面する波は、高く険しくあたりも..それなり。正気を取り戻すふとこれでいいのか。ふとこれなのか。と遭遇すると異文化に触れたくなる。「生気」ともいえるかもしれません。合点のいく環境や空気。自然と律する、自然と立つ。はて、それは一体なぜなのか。どうしてなんだろう。意思証明がハッキリするところからでしょうか。妙に、気兼ねしない。スッキリとする。この先、その先人間や事象の先にある。色々とある、やってくる。それは、それに、その時の事。在り様、在り方がどうあるべきか、を思う。思ったら、そうする。粛々、淡々。漂うどよめきは、感情の波長。自身のものというよりも、空気。どういう空気であるか- 正気
大徳寺さんなんとなくの時間に、立ち寄り出くわす先々は、ご縁にゆかりのある場所へと..。トントンとただ驚くばかり..はて、その意味は、一体なんなのでしょうか..紫野と紫草何が、どうこうあるわけではなく..ただただ..目の前に在るのは..育紫式部紫野:大徳寺信長公・千利休:総見院大友宗麟公:瑞峯院後奈良天皇:瑞峯院大友義長公:龍源院菩提寺..聞いたことある名前が点々とありすぎる..「みてみなさい..」っということで..そもそも予定していたところは見ることができずにいたので..。そりゃ、そうなるわけか。全てではないけれど、ほぼ見歩くことができた。ほんの一度で、何かがわかるわけもなく、何であったかも時間の経過と共にゆっくりと染み込んでくるものがある。言葉には言い表せない「その空気」1つ1つ。ありがたいことに、人は、指折るほど。庭と私。その庭にみる世界観は、無数に無限。わかったようで、わかることはいつになることか..w。- 紫野
ふと耳に残った音「麗(うるわ)しい時代..」ふと、感覚になかった言葉..にただ、何と無く魅かれる何か。はて、何だろうか..と辿ってみる。辞書にこうある「よく整って美しい、晴れやか」変わりゆくに、消えゆく感覚..どう言いあらわせるのかは、わからない..けれど、ソコにある感覚は、表には立つことのない美意識。この手にはつかむことのできない感どころ。祖父母が口にしていた音域でしょうか。その音は、どこから生まれてくるのか、不思議でした。なんともいえない、空気感。何かが込められている..あふれてくるもの。余韻気持ちの余白でしょうか..ソコに溢れ出す"あいらしさ"は、自然本来の姿なの..?っと、自然を眺めるかのように、あるものがあります。その時は、自然と育まれてきたものなのでしょうか。育んできたものなのでしょうか。その時代(時間)に、様々なものがあったかと問うと「何も無い」という時間があったわけで..。その空間をどうにかしたいという創造や希望..だったのかなっと。創造する、希望する..気持ちを羽ばたかせるその隙間や余白の空間は..とどこかに。それでも自然は、自然とバランスにあるところにあり続ける居場所を保ち続けるんだろうと..感じます。wこれからに..これからも..- 麗しくある