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地遊村

自然体と共同体

地(人)が生きる環境、価値観に触れられる環境、実学がおもしろい環境

自然体

餅は、餅屋

共同体が生み出す環境

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Newsflash

動き、大気、そのとき、その気。混沌と化す空気なのか、清浄と化す空気なのか。どうとにもなる。「どうするか」ここから、はじまり、ここでおわる。長く短い祭 by 椎名林檎その一瞬一瞬でしかない。一瞬をいきる。一瞬って.. 考えている間もない。本来そういうモノの連続でしかないのかもしれない。瞬く間もなく、めぐりめぐる時間。10/20/30/40/50/60/70/80/90/100/110...代。どんなとき在るとき。時々に、めぐってくる「何か」は、わからないところから「ふっ」と舞い込んでくる。「いきんだり、力んだり」は、見失いやすいかもしれない。それは、自分ごとではない居処だからだろうか。場当たり空気が、その一味。物事が成立しないのも、ごくごく自然な光景でしかない。宇宙という創造つなかい世界が、この先に存在している。創造したり考えたりすると、すぐそばにあるモノではあるが、何も抱かなければ、何もない。すぐ、そばにあるどこか?ここか?どこに?あるひとには、在り、ないひとには、無い。なにか。探し続けた、その先に在るものとの出逢い。- そのとき
暑さから、涼しさと寒さと..。その季節の隙間に在る「あたたかさ」が、とても絶妙で、温もりを感じられる時間..。もうすぐ、10月。9月に、感じ得るものは、原点回帰(リスタート)か。BGM Laughter by Official髭男dismそれなりの結晶準備する。そうありたい、こうありたいと願う。ここから、そして、そこから、はじまる。うん、はじめてみるところから。そこまでで、止まってしまってはいないだろうか。光との遭遇は、その裏に意味が潜んでいる。どう在るか関心や意思。ないところには、生まれない。在るところから、はじまりゆく。機会はあっても「みえていない」「気づかない」で、過ごしてしまってはいないだろうか。夜空には、普通に天の川があり、普通に星空が在るが、みえないところでは、みえているものもみえはしない。みようとしているのだろうか。その先が、自由だ。自由で在るという事は、たやすくないものなのだろうか..- 偶然
8月がスッと過ぎ行きました。9月です。これでいいのだろうか..と、ふとゼロ地点。Home by Michael Buble今日とこの先色々とあるよね。自然だもの。人も..なにも..かも春夏秋冬..いつもよりも清々しい空の色は、一体なにをもたらしているのでしょうか。不思議とこんな時だけれども空に映し出される色は、どこか清々しい。駆け巡る様相は、不自然かも。自然って、なに。ゼロとしたときに、感じ得た時間は、物凄く痛く苦しいものだけど、財産。けれども、そう至らない「苦行」のみの意味に終えてしまうことも、日常。どうしてだろう?自然にある意味:いきるもいきないも、その生命次第ということだろうかある意味その地点とこれまでとこの先その地点は、循環させてあげることで、身体を一巡しおさまるところに、おさまる。ん?、どこよ?どこか?ここか?あそこか?で、いい..。探さない。どうにかなるさ..とその時をいつくしむことができますように..と。自分で、自分に戦わない。愛でる。その方が、なんとなくいいんじゃない..の?っと、「このくらい」で、笑っておく。- 浄静