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地遊村

自然体と共同体

地(人)が生きる環境、価値観に触れられる環境、実学がおもしろい環境

自然体

餅は、餅屋

共同体が生み出す環境

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Newsflash

4月、5月、6月、時はいつもあっという間。「はやい」と感じているうちは、なんかしているに違いない。忙しいということだ。おわれるのではなく、追い続けられる時間でありますようにと。裸の心 by あいみょん 自然との調和何が、自然なのか。自然の話をすると境目が不明瞭になります。人と自然(いきもの)。少しずつですが、人もその一部としての感覚がなんとなくですが、見え隠れしてきています。どういうことか?「境目自体を考えることが、無くなってきた」という感じ。物事って、そういうこと?なのか..と。そのはざま..色で表現すると白と黒でなく、灰色。調和するとき調和しないとき「どちらかでは、ない」ということ、調和しない時にこそ、見え隠れする「..何か」。足りないもの?過剰なもの?っと、垣間見える「とき」なのかもしれません。その時の居心地って、どうなのかタイミングに、両方介在します。喜怒哀楽、寂悲不安と様々な情緒が漂い、その時が何かになります。「何か..」自由っぎゅうっと、迫りくる「?」ものは、独りとの対話の証しなのでしょうか。内に、向きすぎると自然(身体)にねじれが生じやすいのかもしれません。内から外へ..。開放する..。環境どこ、誰、何..っと、目や耳..五感に舞い込んでる全てが、左右するわけで。その時の心地は、楽である(向かいたい、感じ得たい)と..っと..思うわけですが。「思わせているだけなのかも..」?「苦楽と共に」苦の先に、めぐ会う楽。一対。どちらかでない..通過点。切り分けることのできないもの。- 心地よい調和に
2020年、4月..間もなく5月。ゆめか、現実か..。なんかのか..。ことばも容易に、うまれてこない。明日への手紙 by 寺嶌葵さんみつなおすいきなおす自然の営みは、いつも自然のままに、太陽は登り、沈んでいく。普段の営みは、いとおしく、ありがたいことと遭遇する。今日が、過ぎ、明日が来る。1日1日の一瞬一瞬は、きせきとなり、キセキを日常と化す時間となるように..とままにあることそこにあること、そこにあるものと、私。その関係は、生命と生命。ひとつ、一帯、なのかもしれない。それぞれ、在る。存在する。同じものは、ない。似ている部分は、存在しているが、同じではない。異なることは、本来に在ることなのかもしれません。- きせき
間と遭遇危機感からか、迫り来る何かがある。よく言えば、向上。言い換えると焦り。その間の居心地は、不快なのかもしれない。ん?「不快でしかない」が、普通で、普段というものなのかもしれない。だからこそ、どう過ごすか?ってことか..うん。わかったようで、わからんようなところ理屈で歩くと偏る。自然(わたし)と対峙する現実と向きあえる時間。曇っているとそうはいかないかもしれない。曇っているから..。日々に、拭き続ける。毎日の掃除とは、ここからかと痛感させられる。なんのためか生命感との対峙- ひと呼吸